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妹「ええっ!?」
妹モノローグ(以下、M)「それは、母の誕生日の一週間前。実家で母と暮らす姉からの電話だった。姉は困ったような声で私に言った。お母さんに、恋人ができたかもしれない、と」
妹 「嘘でしょう。だってお母さん、もう来週で七五だよ」
姉 「でも、お父さんが死んでからだいぶ経つし…」
妹 「紹介されたとか、証拠があるってわけじゃないんでしょ?」
姉 「そうだけど、でも最近、新しい洋服買ったりお化粧したり、どんどんキレイになってくのよ。街にもよく出かけてるみたいだし…。私もまさかと思うよ、だけど、それしか考えられないんだって」
妹M「信じられない。まさか母に。十五年前、父が亡くなったとき、母はまだ還暦にもなっていなかった。父は母より十五歳も年上で、七十五歳だった。歳の差カップル。いつかは必ずひとりになるときがくる。それは、母が父と結婚した時から覚悟していたことのはずだった。でも、突然の交通事故は、やっぱり悲しすぎた。そのとき、母は涙を流して言ったのだ。私はこれからの余生も、ずっとお父さんの思い出と一緒に生きていくわ、と。なのに…」
妹 「来週のお母さんの誕生日、私、昼からそっち行くよ。そのとき一緒に確かめようよ」
姉 「それがね、お母さんその日どこかに出かけるんだって」
妹 「どこかって?」
姉 「知らない。教えてくれないんだもん」
妹 「誰かと会うってこと?」
姉 「それしかないわよ」
妹M「私と姉は、その日、ふたりでこっそり、母を尾行することに決めた」
母 「じゃ行ってくるて」
姉 「行ってらっしゃい」
妹M「母はキレイに化粧をし、一番高いワンピースを着て、バスに乗り、街に出た。喫茶店に入ったものの、ランチのセットを食べただけですぐに出てきた。待ち合わせの様子はなかった。そして母は、街のはずれにある、小さな写真館のドアを開けた。母が表に出てくるまで、一時間もかかった。姉は母の尾行を続け、私はその写真館に入った」
店主「ああ、そうですか。山崎のおばあちゃんの(娘さんですか)。ぼく? いや、ぼくはただの写真屋ですよ。関係って言われても…。お付き合い? あはは、ばか言わないでよ。今日はね、頼まれた写真を撮っただけ」
妹M「その写真屋は言った。母の、遺影を撮影していたのだと」
店主「最近は時々、いるんですよ。自分の遺影を撮っておきたい、っていう年配のお客さん。あなたたちのお父さん、亡くなったとき突然だったんだってね。お母さん、お葬式に、あまりいい写真を用意できなかったって悔やんでいたよ」
妹M「思い出した。そういえばそうだった。父の遺影は、真夏の海で撮った昔の家族写真を切り取ったもので、まぶしそうに顔をしかめていた。しかも、安っぽいアロハシャツ。額の中には入っていなかったけれど、実は遺影の父の下半身は、ぴちぴちの海水パンツだった。仕方がない。そのくらいしか、まともな写真がなかったのだ」
店主「女の人はね、やっぱりいくつになっても女の人だよね。そのときがきても、キレイな写真でみんなに見られたいって、思うんだろうね」
妹M「でもなんで今頃?」
店主「今年で、旦那さんが亡くなった歳に追いつくんだってね。ようやく気持ちに整理がついて、撮る気になったって、言ってましたよ」
妹M「そういうことだったのか」
妹M「その日の夜、私たちは母を囲んで一緒に誕生日のケーキを食べた。母は自分から、写真館に行った話を切り出した。そして、私たちに、もしものときがきたら、その写真を使うようにと念を押した。撮った写真、見せてくれないの? と聞いたら、母は、いたずらっ子みたいな顔になって、笑いながら言った。それはその日がきてからのお楽しみ、だって」
製作・著作:BSN新潟放送
制作協力:劇団あんかーわーくす
脚本:藤田 雅史(ふじたまさし)